銀の蔦 2株目

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zoom RSS 出雲―聖地の至宝―

<<   作成日時 : 2012/11/11 12:18   >>

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東京国立博物館140周年、古事記が完成して1300年、出雲大社の大遷宮の記念として、上野の国立博物館で出雲にまつわる遺物の特別展が行なわれています。
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今回は展示品の写真は撮れないので、入り口だけ。

第一章は出雲大社所縁の展示。
目玉となるのは中央に展示されている出雲大社本殿の宇豆柱でしょうか。

かつては雲太和二京三とも称され、東大寺大仏殿よりも大きいと伝えられていた出雲大社ですが、2000年に発見された宇豆柱によって、その実在が確認されました。
その大きさたるや、屋根までの高さが16丈(48メートル)ともなり、当時の技術力の高さをうかがわせます。
こちらで掲載されている復元模型を見ていただくと、階段との比較からどれほどの大きさがあったのかがわかるかと思います。
出雲大社の本殿を支えていた柱は3本一組*9で、弁柄が検出されたことから、当時は赤く塗られていたものと思われます。

特に私が気になったのが、鎌倉時代作と伝えられる「出雲大社■神郷図」。
現在の出雲市北西部が描かれています。
出雲大社の他に塩焼嶋、高濱などの地名が読み取れ、当時の出雲がどれほど発展していたのかがうかがえました。

第二章は島根県全体から発掘された考古遺物や寺社に奉納された品々が展示されています。
荒神谷遺跡や賀茂岩倉遺跡から発掘された大量の銅剣・銅矛銅鐸がかなりのスペースを占めています。
銅矛は袋槍と同様にソケット上の接続部に柄を差し込めるようになっていますが、銅剣では短いながらも茎が存在します。
鋳造後に茎に×の印を刻んでいますが、銅鐸にも同じ刻印があったことから、同一グループが作成したものと思われています。

銅剣にしろ銅矛にしろ、実戦用なのか装飾は殆どありませんが、銅矛では研ぐ向きを変えることで穂部に綾杉状の研ぎ分けがなされています。
銅矛は後世の槍に比べるとそのまま剣として使えそうな大きさなので、刃物としてよりも打撃武器としての面も非常に強いものと思われます。

銅鐸には波や渦巻といった抽象的な文様の他に、鹿と思われる四足の獣やトンボなどが描かれています。
鹿は言わずと知れた貴重な食料源ですが、トンボは古事記などで日本を蜻蛉(あきつ)島と称したように非常に身近な生き物でした。

銅剣・銅鐸は当時の状態を再現したレプリカも展示されていますが、いわゆる"青銅器"という色に錆びる前の状態なので、かなりまばゆい輝きを放っています。
とはいえ現物があってのレプリカなので、錆が浮いていないにもかかわらず錆の質感や穴まで丁寧に再現されています。

第二章の中心に展示されるのは尼子経久が佐太神社に奉納した「色々糸威胴丸」。
その名の通り、紅・縹・白の糸で小札を連ねた戦国時代の鎧です。
兜の前立てには中央に「天照皇大神宮」、右に「春日大明神」、左に「八幡大菩薩」と切透かしで記されています。
尼子氏は源氏の流れをくむ一族であるにもかかわらず藤原氏の氏神である「春日神」と記されているのは、春日神の一柱武甕槌命が軍神としての一面を持っているからでしょうか。
ここでの八幡大菩薩も、源氏の氏神ではなく軍神としての面が強調されているのかもしれません。
(もっとも、武甕槌命一人であれば鹿島大明神となっている筈とも思われますが)

公式ページ:http://izumo2012.jp/
東博公式ブログ:http://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/category/37/

科博ではチョコレート展をやっていましたが、この時期の上野公園は実に銀杏臭いので、外に出た瞬間に色々と台無しになってしまう気もします。

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